稚内日ロ経済交流協会

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Archive for 4月, 2011

第1四半期中の建設複合体の活動結果がサハリン州建設省幹部会でまとめられたと、州政府報道部は伝えている。
建設大臣エレーナ・イヴァショヴァが報告したところによれば、2011年に少なくとも25万平方メートルを入居させ、昨年の指数を4分の1上回っている。
最初の3ヶ月間で島では16,200平方メートルが引き渡された。
特に、ユジノ・サハリンスクとポロナイスクで3棟の24戸アパートが建設された。
耐震強化プログラムの枠内で次の施設で工事が行なわれている:ドリンスク地区ウグレザヴォーツク村とホルムスクでの学校、ネヴェリスクでの中央地区病院、アレクサンドルフスク・サハリンスキーでの図書館、コルサコフでの中央地区ボイラー室、ムガチ村で学校が建てられている。

4月20日ロシア連邦排他的経済水域で国境警備船によって漁船“オルラン”号(ベリーズ船籍)が拿捕された。
その船内で約16トンの急速冷凍ズワイガニ(オピリオン)の脚と約20トンの活ガニ、同じく10トン以上の急速冷凍のスケソウダラとニシンも見つかった。
船長によって提示された書類によれば、全ての製品は日本の排他的経済水域で受け取られ、韓国への輸送対象となっていた。
船長の話から、タタール海峡へ船は燃料の補給目的で立ち寄ったとのことである。
しかし船内にある燃料ストックは引き渡し港への移動のための必要な量の3倍を超えていた。

2010年中にサハリン州で6,016人の出生者と1歳未満の36人の子供も含めた7,422人の死亡者が登録された。
2009年と比べて出生者数は180人、又は2,9%減少し、死亡者数は3人減少し、一歳未満の子供の死亡数の減少は20%になった。
自然減少は183人、又は15%増加した。
全体として州では死亡者数が出生者数を1,2倍上回っている。

ここ10年間でのサハリン州住民の生活水準がサハリン統計局で分析された。
まとめが4月26日に行なわれた記者会見で知らされた。
住民への必要な物質的財貨の確保状況と需要の満足程度が生活水準のもとで理解される。
統計局長イリーナ・ラムゼコヴァが語ったところによれば、2000年から地域で給与と年金の段階的増加(その際、価格の増加は年金の増加より勝った)が認められた。
もし2000年にサハリン住民の毎月の1人平均の収入が2792ルーブル80コペイカであったなら、2010年までに収入は30,795ルーブル50コペイカまでに増えた。

3月11日に日本を襲った震度9の地震と津波は多数の人的犠牲者と悲惨な破壊をもたらした。
サハリン州と北海道の都市はずっと前からの善隣関係と姉妹都市交流を結んでいる。
ネヴェリスクにも日本の北に姉妹都市稚内がある。
日本の東北沿岸で起こった天災とその結果は全世界を揺さぶった。
多くの国々が支援の用意を表明した。
隣人の不幸はネヴェリスク地区の住民も無関心にさせなかった。
被災者のための慈善の資金集めについての広告に多くの人が反応した。
今日現在ネヴェリスク市管区市役所の職員だけで11万8千ルーブル以上が集められたと、ネヴェリスク市役所のホームページで伝えられている。

“ロシア鉄道”支社である極東鉄道サハリン地域のマカロフ駅とトゥマノヴォ駅の区間で大陸の軌道幅寸法1520ミリ用の鉄筋コンクリート製の枕木と一体となったレールの敷設のための線路工事が始まったと、鉄道報道部は伝えている。
広軌道の敷設のための線路工事に先行したのは相当な準備作業量である:機械が修理され、線路の上部構造の資材が調達され、枕木と一体となったレールの組立てが行われ、線路の据付け工班やその他が補充された。
すでに4月の半ばまでにマカロフ駅に必要な線路機械が配置され、引込線に線路の据付け工の交替労働者の居住と休息のための生活列車が配置され、整備された。
「今年敷設だけでほぼ8億ルーブルが使われることになっている。
全ての作業は、以前のように当直交替方法で実施される。
15日おきに50人から80人までの新しい交替班がやって来る。
これは路線の据付け工、“保線機関ステーション336”からの機械工、機関車作業班、サービス要員であると、“保線機関ステーション188”の所長エヴゲーニー・クドリャショフは語った。

2011年1月-3月間のサハリン州の社会・経済発展総括についての問題が各地方自治体首長の参加を伴ったサハリン州政府会議で検討された。
州政府首相代行セルゲーイ・シェレヂェキンがこの行事を行なった。
サハリン州経済発展大臣セルゲーイ・カルペンコが報告したところによれば、2011年1月-3月には地域経済で主な指数増加の肯定的な変動が維持されたとのことである。
地域総生産額は2011年1月-3月に1270億ルーブル、又は2010年のしかるべき期間に対して102,2%になった。
凝縮ガスも含めた石油の採掘は410万トン(2,7%の増)、ガスは68億立方メートル(4,6%の増)になった。

サハリン領内での総合的木材加工産業の設立問題がサハリン州政府副首相セルゲーイ・カレプキンと“ビジネス・マーケティング”社と中国の会社“自然”の代表者らとの会談で討議された。
会談にはまた州の経済発展大臣セルゲーイ・カルペンコと林業・狩猟業大臣代行ボリス・ペルミャコフも参加した。
討議の対象となったプロジェクトをハバロフスク地方の林業部門で活動している“ビジネス・マーケティング”社が立案した。
設立される総合的木材産業はサハリンで木材の調達とその高度な加工を行なうことが予定されている。

3月11日に発生した自然・科学技術惨事後の日本での情況は次第に正常化している。
日本当局は福島第1原発での事故処理作業をシステムベースに移行することに成功しつつある。
事故結果一掃のための“ロードマップ”が作られた。
それと同時に専門家の判断によれば、原子炉の冷却停止の実現と放射線汚染の局地化のためには少なくとも6-9ヶ月かかるとのことである。
日本当局によって行なわれている放射線状況の恒常的モニタリングは事故原発に隣接する区域を除いた国内領域で状況が全体として正常であることを示している。
特に、東京とその周辺では放射レベルは環境影響を超えていない。

1982年から祝われている記念碑と歴史的な場所の国際記念日にコルサコフでサハリン州文化省の新しい企画のプレゼンテーションが行なわれた。
コルサコフ歴史郷土博物館への元の北海道拓殖銀行支店の建物の引渡しについて話題になった。
港町の最も古い建物のうちの一つは日本に今日まで存在している“伊藤組”によって1929年10月に建設された。
82年という年月にも関わらず、市の中心地に位置する2階建ての建物は豪華なレリーフ装飾で飾られた7本の支柱、同じく窓やドアも含めて、多くの点で自らのインテリアを維持した。
5年の困難な話し合いと様々な調整後、遂には新古典主義スタイルで設計されたユニークな建物は地元の博物館に引き渡されるという決定が下された。
地元の博物館はまもなくサハリン州立郷土博物館の分館となり、蘇った壁には本物の展示品を並べることになる。