稚内日ロ経済交流協会

ロシア語翻訳・通訳、ロシア(主にサハリン州)に関するコンサルティング、ロシア語講座、貿易相談、ロシア関係セミナー、商談マッチング等

Archive for 7月, 2011

コルサコフ市裁判所の判決が法的効力を発し、それに従って49歳の市民はロシア連邦法(ロシア連邦刑事法典322条1項で規定された)により定められた規則で受け取られたしかるべき許可書なしに、ロシア連邦からの出国権利、同じくロシア連邦への入国権利に対する有効な書類なしでロシア連邦国境違法横断の2つの事件で有罪と認められた。
裁判所の判決から十分に被告人は稚内港へ出かけるつもりで、連邦法の規則違反で行動しながら、2011年2月17日から20日まで明らかにされていない船でネヴェリスク港から出航した。
2月21日およそ10時にカンボジア船籍の“SEREYOMARY2”で彼は稚内港に寄港し、その後稚内港にいた“サルガン”号に移った。
“サルガン”号(カンボジア船籍)の船長をしながら、この船の移動目的で日本の港にいながら、船員の行動を指導しながら、彼によって率いられている船がロシア連邦への到着のための国境警備に対して手続きされていないことを認識しながら、3月19日彼は違法に国境を横断した。
その日“サルガン”号はコルサコフ地区のノヴィコヴォ港に係留した。

中国からの労働者を呼び寄せることの最初の試みは1991年にユジノ・クリリスク地区市役所で実現されていた。
その夏、約30人の中国人たちが国後島南部のゴロヴニノ村の国営農場“ダーリニー”でまる4ヶ月仕事に励んだ。
よく働いたが、悪天候が邪魔をした。
1年は不作だった。
こうして中国人農業労働者たちは自分達の家へと帰っていった。
その後水産業者のみクリルから魚や海産物を送りながら、中国のそれぞれの会社との仕事上の関係を維持していた。
すでに1年、国後島の農場経営者アンドレーイ・タヴィエフ農場で中国人3名が働いている。
彼らは温室や畑で野菜を栽培している。
今年の春に手伝いで彼らのところへさらに4人の同胞がやって来た。

“サハリン-1”プロジェクトの進展と、特に、そのガス成分の将来展望をホロシャヴィン知事と“エクソン・ネフチェガス・リミテッド”社の理事長で北極地方と東カナダに関わる“エクソン・モービル・デヴェロプメント”社の副社長ヂム・ケンネット・フラッドは7月26日の会談で検討した。
“サハリン-1”プロジェクトの枠内でサハリン北東大陸棚でのチャイヴォ、オドゥプトゥ海とアルクトゥン・ダギ鉱区の採掘と開発が行なわれていることを指摘しておく。
プロジェクトのオペレーターは“エクソン・ネフチェガス・リミテッド”社である。
ホロシャヴィン知事はプロジェクトの順調な進展はサハリン経済の前進だけでなく、州予算への同社の税補充を通した地域の社会問題の担保であることを強調した。
ヂム・フラッドが伝えたところによれば、現在オドプトゥ海での石油採掘の指数は予定されたよりも50%高く、24時間でほぼ5万5千バレルになるとのことである。
ここでは9本の油井がボーリングされ、鉱区の南部での2本の油井がボーリングされている。
その開発は早いテンポでの今後の実物大の採掘のための情報を集めさせた:現存の生産能力の拡大と新しい油井のボーリングである。

7月22日沿岸警備サハリン国境警備局によって違法にロシア連邦国境を横断した船が拿捕された。
アニワ岬から南へ6キロメートルのロシア連邦領海で国境警備船によって輪郭で外国製の高速モーターボートを思わせた標識のない船が発見された。
国境警備船に気づいて、違反船は明りを消して、ロシア領海からの脱出行動を開始した。
2時間にわたって船は照会に応答しないで、狼煙や他の合図に反応せず、危険に進路を変え、日本の排他的経済水域へ追跡から逃れようとした。
停船を強制するための全ての見込まれた手段が尽くされた時、哨戒艇の司令官によって警告射撃が行なわれた。
この後に船は停船し浮遊した。

7月20日“サハリンモルネフチェガス”社は企業の作業開始から1億2千5百万トン目の石油を採掘した。
“ロスネフチ”社長E.フダイナトフは“サハリンモルネフチェガス”社の従業員にこの達成を祝した。
“ロスネフチ”の子会社である“サハリンモルネフチェガス”社はサハリン州のオハとノグリキ地区で30ヶ所の石油とガスの産地で作業を行ない、自社のパイプライン輸送システムの運営を行なっている。

サハリンの会社“ヴォストークDSM”社がユジノ・クリリスクの自動車道の舗装工事の入札に勝利した。
7月16,17日にいわゆる地区中心地の低地区で最初の200mが舗装された。
アスファルト混合物は国後島で直接生産されており、そのためサハリン州政府の資金でアスファルト工場が購入された。
設備のメーカー工場は“クレメンチュク道路機械”社(ウクライナ)である。
このミニ工場で勤務交代でアスファルト400トンまで生産することができ、たった3人のスペシャリストだけで工場の運転を担当している。
アスファルトの必要量が運ばれ、残りの材料(砂利・砂)は全部“オトラーダ”採石場のすぐ近くで採掘されている。
“ヴォストークDSM”社ユジノ・クリリスク地区所長ルスラン・レメホフが語ったところによれば、彼らの企業はすでにサハリン州の州都やウグレゴルスク地区でアスファルト敷設の仕事を経験している。

操業規則違反で3隻の船を拿捕

7月11日~13日に沿岸警備サハリン国境警備局の国境警備船の乗組員によって3隻の漁船が拿捕された。
漁船“ポントゥス-9”(カンボジア船籍)を国境警備隊はロシア連邦領海で発見した。
その船内で7トン以上のズワイガニ(オピリオン)が見つかった。
さらに4月に船は“グレヂス”の船名を持ち、2010年12月にロシア連邦自然保護法違反で拿捕されていたことが突き止められた。
2011年5月にネヴェリスク市裁判所の決定で船長はロシア連邦刑事法典256条3項で犯罪行為で有罪と認められ、14万ルーブルの罰金が課された。
船主によって船長の交替が行なわれたが、前の船長は一等航海士の任務で船に残った。
再び暴き出された法違反の状況調べが行なわれている。
海域でのずさんな技術監視機器による操業実施事実の排除のために“アステロイド”号(ロシア連邦船籍)の捜索が行なわれている。
漁船の船長は不備を取り除くために港に姿を現わさなければならなかったが、このことは行なわれなかった。

サハリン鉄道の鉄道機械と歴史博物館は変わらない人気を博し続けている。
先月だけでここを日本からの2つのグループが訪れ、年始からサハリン住民だけでなく、多くの市のお客も含めて、約5百人が博物館を訪れた。
「我々の博物館の人気は年毎に増している」と、極東鉄道サハリン地域責任者アンドレーイ・ヴァウリンは伝えた。
「第一に、博物館はあらゆる部門での独自性で唯一のものであり、一番大切なことは、まさにここでは前世紀30年代-40年代からサハリンで稼動していた鉄道機械のユニークな展示品が紹介されていることである」。
博物館での鉄道員の展示品の選別は、その前館長であり、サハリン鉄道の功労者ユーリィ・アルガヂェヴィッチ・プロセルコフのおかげで実際に豊かで、バラエティーに富んでいる。
これは樺太時代の日本製の車両と除雪車、前世紀30年代の国産建造の蒸気パワーショベルとミニ蒸気機関車;サハリンのトンネルの改修用に特別に製造された坑道掘進シールド、ソヴィエト時代の機械、サハリン北部のノグリキ-オハ間の現行狭軌鉄道のかつての列車、その他多くの展示品である。

2011年上半期にサハリン州で790万トンの石油と130億立方メートルのガスが採掘された。
このことについて州政府天然資源・環境保護大臣ナターリヤ・サラエーヴァが伝えた。
昨年も同じような指数で石油は750万トン、ガスは127億立方メートルになった。
採掘の増加は“サハリン-1”プロジェクトのオドプトゥ大陸棚鉱区の開発開始により得られたものである。
“サハリン-1”のオペレーターである“エクソン・ネフチェガス・リミテッド社は420万トンの石油、“サハリンエナジー”社(“サハリン-2”)は290万トン、“RN-サハリンモルネフチェガス”社はほぼ80万トンの石油を採掘した。
N.サラエーヴァは今年6ヶ月間で石油の供給量は780万トンになり、2010年の指数より20万トン多いことを指摘した。
アジア・太平洋地域諸国へ輸出に700万トン以上(昨年は670万トン)、ハバロフスク地方へ76万6900トン(2010年には83万4百トン)が送られた。
サハリン州内での供給料は6千トン(昨年は5千トン)になった。

コルサコフ市と稚内市間の姉妹都市交流は今年20年になる。
多くのコルサコフ市民にとって国際協力のこの長年の歴史はコルサコフ港と稚内港間の唯一のロ・日フェリー航路、様々な協力の方向性(スポーツ、文化、隣国の言語学習分野での学校交流)での児童や青年代表団の交流、農業、水産業や観光分野での経済協力と結びついている。
共同の国際協力の全てのこれらの方向は姉妹都市であるコルサコフと稚内間の輪を結んでいる在ユジノ・サハリンスク稚内事務所の直接参加のもとで行なわれている。