稚内日ロ経済交流協会

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連邦国家単一企業“ロスモルポルト”は自己資金でサハリン支社用に非自走浚渫船《ヒタチ102》を手に入れた。
現在浚渫船は小樽港(日本)に停泊しており、11月初めにタグボートを用いてサハリンのコルサコフ港へ届けられると、企業報道部は伝えている。
浚渫船は“ロスモルポルト”サハリン支社が力を貸している海洋港の深さの基準状態の維持用に、また入港用突堤のすぐそばの海底を深くするためにも利用され、大型船のサハリン海洋港への入港を行なうことを可能にさせる。

サハリン州スポーツ・観光・青年政策庁長官マゴメート・マゴメードフはコルサコフでスタジアム“ヴォードニク”の改修過程を視察した。
現在スタジアム改修の第一段階の作業が続けられている。
サッカー場の人工被覆敷設用の基礎が準備された。
排水工事が行なわれた。
トラックの基盤工事終了後に請負会社(ワッコル)は人工被覆“エラストゥル”の敷設に取りかかった。
外部の排水網と水道網の工事が行なわれた。

一連の港の大規模改修がサハリン州で予定されていると、州の運輸・通信・道路管理大臣ヴラヂーミル・デグチャレフが9月28日の州政府会議で伝えた。
工事は《ロシア輸送システム近代化》と《極東と外バイカルの経済・社会発展》の連邦プログラムの枠内で行なうことが予定されている。
特に、ホルムスクでのフェリー航路施設とコルサコフ港での港湾施設改修が見込まれている。

388頭の優良種の家畜が9月13日オーストラリアからコルサコフ港へ到着した。
サハリン州農業・貿易・食糧省農業局次長タチヤーナ・ペトロフスカヤが伝えたところによれば、378頭のホルスタイン種の優良乳牛は“ユジノ・サハリンスクソフホーズ”に引き渡され、ヘレフォード種の10頭の雄牛はソフホーズ《ザレーチノエ》に引き渡された。
サハリン州農業・貿易・食糧大臣タチヤーナ・コンチェヴァはあらゆる部局のまとまった能率的作業を指摘した。
「荷揚げは順調に行なわれ、家畜は彼らにとって全ての条件が準備されている州の農場に損失なく送り届けられた。
一ヶ月間家畜は検疫状態にあり、その後に主要な群れに加わることになる」と、T.コンチャエヴァは述べた。

旭川地方裁判所は同国人の殺人で起訴されている2人のロシア市民に対して判決を下した。
47歳のコルサコフ出身者が彼らの犠牲者となったサハリン住民は被害者に死をもたらした肉体損傷を与えたことで有罪と認められた。
被告人と被害者の3人全員はカンボジア船の船員であった。
27歳の被告人は6年の禁固刑を受け、彼の25歳の共犯者には懲役4年が言い渡された。
受刑者はすでに東京近郊にある府中市の外国人用刑務所に移されたと、在ユジノ・サハリンスクロシア連邦外務省代表ヴラヂーミル・ノソフが伝えた。
彼の言葉によれば、被告人は罪を認め、控訴の提出を拒否したとのことである。

8月19日野外のもと海岸での2度目の陶器の野焼きがネヴェリスクで行なわれた。
芸術学校の生徒と日本から、さらにはコルサコフ、ドリンスク、ネヴェリスクと州都からの名人が焚き火の底に120点以上の作品を並べた。
「このような行事を行なうことの企画を我々に日本の陶芸家である岡井仁子が提案した。
昨年彼女は我々に手紙を送ってきて、我々は彼女に賛同した。
陶器の野焼きはネヴェリクスの一種の名刺になると私は考えている。
昨年の行事と比べて参加者としかるべく、作品の数が著しく増えたことは喜ばしいことである」と、ネヴェリスク市長ヴラヂーミル・パクは指摘した。
陶芸家岡井仁子は国富町(九州の宮崎県)に住んでいる。
彼女は何年も前にネヴェリスクに来て、今は町の外観に著しい肯定的な変化を目に留めていることを語った。
「陶器の野焼きは1万2千年以上前にその存在を始めた縄文時代の古代の日本の伝統である。
22年前に伝統は日本で復活された。
昨年私たちは隣の島であるサハリンと伝統を分かち合うことを決めた。

コルサコフ市裁判所の判決が法的効力を発し、それに従って49歳の市民はロシア連邦法(ロシア連邦刑事法典322条1項で規定された)により定められた規則で受け取られたしかるべき許可書なしに、ロシア連邦からの出国権利、同じくロシア連邦への入国権利に対する有効な書類なしでロシア連邦国境違法横断の2つの事件で有罪と認められた。
裁判所の判決から十分に被告人は稚内港へ出かけるつもりで、連邦法の規則違反で行動しながら、2011年2月17日から20日まで明らかにされていない船でネヴェリスク港から出航した。
2月21日およそ10時にカンボジア船籍の“SEREYOMARY2”で彼は稚内港に寄港し、その後稚内港にいた“サルガン”号に移った。
“サルガン”号(カンボジア船籍)の船長をしながら、この船の移動目的で日本の港にいながら、船員の行動を指導しながら、彼によって率いられている船がロシア連邦への到着のための国境警備に対して手続きされていないことを認識しながら、3月19日彼は違法に国境を横断した。
その日“サルガン”号はコルサコフ地区のノヴィコヴォ港に係留した。

コルサコフ市と稚内市間の姉妹都市交流は今年20年になる。
多くのコルサコフ市民にとって国際協力のこの長年の歴史はコルサコフ港と稚内港間の唯一のロ・日フェリー航路、様々な協力の方向性(スポーツ、文化、隣国の言語学習分野での学校交流)での児童や青年代表団の交流、農業、水産業や観光分野での経済協力と結びついている。
共同の国際協力の全てのこれらの方向は姉妹都市であるコルサコフと稚内間の輪を結んでいる在ユジノ・サハリンスク稚内事務所の直接参加のもとで行なわれている。

6月7日に稚内-コルサコフ-稚内航路での2011年のフェリー航路が始まる。
今年最初のフェリーで2009年5月7日付けロシア連邦政府令に従った72時間滞在の枠内で日本からのビザなし観光客グループがサハリンへ到着する。
これはサハリンへの入国観光発展におけるさらなる一歩である。
72時間までの組織的滞在スケジュールによるコルサコフ港を経由したアインス宗谷で入国する外国市民は観光目的でビザなし入国を利用することができる。

1982年から祝われている記念碑と歴史的な場所の国際記念日にコルサコフでサハリン州文化省の新しい企画のプレゼンテーションが行なわれた。
コルサコフ歴史郷土博物館への元の北海道拓殖銀行支店の建物の引渡しについて話題になった。
港町の最も古い建物のうちの一つは日本に今日まで存在している“伊藤組”によって1929年10月に建設された。
82年という年月にも関わらず、市の中心地に位置する2階建ての建物は豪華なレリーフ装飾で飾られた7本の支柱、同じく窓やドアも含めて、多くの点で自らのインテリアを維持した。
5年の困難な話し合いと様々な調整後、遂には新古典主義スタイルで設計されたユニークな建物は地元の博物館に引き渡されるという決定が下された。
地元の博物館はまもなくサハリン州立郷土博物館の分館となり、蘇った壁には本物の展示品を並べることになる。