中国からの労働者を呼び寄せることの最初の試みは1991年にユジノ・クリリスク地区市役所で実現されていた。
その夏、約30人の中国人たちが国後島南部のゴロヴニノ村の国営農場“ダーリニー”でまる4ヶ月仕事に励んだ。
よく働いたが、悪天候が邪魔をした。
1年は不作だった。
こうして中国人農業労働者たちは自分達の家へと帰っていった。
その後水産業者のみクリルから魚や海産物を送りながら、中国のそれぞれの会社との仕事上の関係を維持していた。
すでに1年、国後島の農場経営者アンドレーイ・タヴィエフ農場で中国人3名が働いている。
彼らは温室や畑で野菜を栽培している。
今年の春に手伝いで彼らのところへさらに4人の同胞がやって来た。